(寄稿)現代地方譚5 ドキュメントブック

「地域とアートの幸せな関係」を実現させた、現代地方譚。第5回目となる今回、プログラムのひとつを演劇で行いたいという相談を旧知のまちかどギャラリースタッフ・佐々木さんから受けた時、すぐに頭に浮かんだのが、尊敬する劇作家・演出家の内藤裕敬さんの取り組みでした。

アーティストインレジデンスは美術作家による滞在制作の他に、ダンスや演劇といったパフォーミングアーツの企画も各地で行われており、その先進的な事例のひとつに内藤さんが立ち上げた「Re:北九州の記憶」という企画があります。地域に暮らす方を劇作家が取材して、戯曲化し、発表する。これを継続して行うことで市史(=記録)に残らない記憶のアーカイブを演劇で行うという取り組み。

「吉田君、今度こんな面白いことをやるんだよ!」と北九州の立ち上げ当時に内藤さんから話を聞いて以来、いつか高知県でも実現したいと思い続けていた企画を、個人的にも縁深い須崎市立市民文化会館で開催できたこと、また資料提供など快く協力いただいた北九州芸術劇場の皆さんや、互いに思いをぶつけ合い、作品を高め会う関係でいてくれた劇作家・演出家の吉良さん、サカシタさん、西本さん、心から信頼する舞台スタッフの皆さんなど、これまで携わったさまざまな繋がりが実を結んだ、自分の舞台制作者のキャリアの中で、ひとつの到達点のような現場となりました。

 

さて実際に企画を進めるにあたり、お手本となる事例はあるものの、北九州と須崎では人口規模も演劇事情も大きな差があります。実際北九州は出演者の公募をせず、劇場から俳優に対して個別に出演依頼をしていました。作品の質を高めるには、同じように高知市で活動する実力のある俳優に声がけし、出演してもらえばいいのですが、今回の企画はそれよりも「ひとりでも多く、須崎の方に関わってもらいたい」という思いがありました。

演劇に触れる機会が限られている須崎というまちで、舞台に立つ人や作る人、舞台を観る人、それぞれにアプローチをしていこうという思いの元、今回掲げた目標は「未経験でOK、ストイックな作品制作とは違う、参加者の負担の少ない作り方(=リーディング公演)」「演劇になじみの少ない方にも伝わりやすい作品」というものでした。

 

出演募集に先だって、9月に内藤さんによる戯曲ワークショップと劇作家への指導をいただき、10月には内藤さんが座長を務める劇団「南河内万歳一座」の俳優・鈴村貴彦さんによる演劇ワークショップを行いました。「演劇に触れたこともない方も楽しめる内容にして!」という自分からの無茶なオーダーに、ギリギリまで進行や構成を考えてもらい、結果本公演にも繋がる素晴らしいプログラムを実施してくれた鈴村さんには、感謝しかありません。

 

取材は10月から開始しました。取材に同行し、お話を伺った皆さんは気さくで飾らない、人間味溢れる方ばかりで、ずっとこうしてお話を聞いていたいと思うくらいの楽しい時間でした。きっとこれは、これまでの現代地方譚が育んできた、地域の方との信頼関係があるからこその取材だったと思います。

取材を元に作った戯曲を内藤さんに添削してもらい、須崎市内外から応募いただいた18名の皆さんが全員出演できる形を作るため、作演出の3人と何度も打ち合わせを重ね、配役を決定し、全員で顔合わせしたのが12月19日。そこからお正月を挟んで約1ヶ月の非常に短い稽古期間、少ない稽古回数で本番に臨みました。

未経験の方と作品を作る以上は時間をかけて、稽古を重ねた方が良くなるのは間違いないのですが、家庭や仕事を持つ方が無理なく参加できることが今回の大切な目標です。一方初めての取り組みということで、一定の評価を得る作品にしないといけない、現代地方譚のプログラムとして相応しいものにしなければというプレッシャーもあり、本番に向けてさまざまな作業に追われながら、どんどん胃が痛くなる日々でした。

会場に入ってからのスケジュールも非常にタイトで、本番前日のリハーサルでは自分が受け持ったチームを見てやることすらできない状態。会場を出た後も深夜まで作演出の3人とやり取りを続け、本番当日の午前中でどこまで作品を高められるか、というギリギリの状態で当日を迎えました。

 

そして迎えた本番。

当初自分が目標にしていた作品のクオリティを大きく飛び越え、手慣れた俳優だけでは作り出せない空気の中で、出演した全員が輝く奇跡のような本番となりました。

 

3本の戯曲と、それをつなぐまちの声。

時代を超えて浮かび上がるまちと人の営み。

それを見つめる暖かなまなざし。

 

演劇は表現者と鑑賞者が同じ時間、同じ空間にいないと成立できない芸術です。あるお客さんからいただいた「「須崎のまちの物語」は「わたしの物語」であり「須崎の未来の物語」である」という感想が、本公演を言い表しているのではないでしょうか。

そして演劇は、ひとつの作品に沢山の人間が関わります。作品の中心を担う人間から、さまざまな形の協力者まで、多くの人を巻き込んで作り上げていく過程の中、関わったひとりひとりに、この作品への、この土地への、人への愛情が芽生えたならば、舞台制作者としてこれ以上の幸せはありません。

 

本公演で生まれた熱。まるで現代地方譚が生まれた時のようなこの熱を、育て、拡げていくことが、今回関わったみんなの使命だと思います。

小さな一歩でも、本気で踏み出せば誰かの心を動かすことができる。そんな自信を持った仲間のこれからの活躍が楽しみですし、僕自身も、この頼もしい仲間と一緒に歩んでいきたいと思います。(吉田剛治)

 

 

 

「須崎のまちの物語」

2018年1月27日(土)、28日(日)

須崎市立市民文化会館

 

取材協力:梅原フサエ、大家順助、大崎輝幸、小松美千子、佐藤源八、竹中佳生子、野村寛、宮本幸、宮本広光、山本孝俊、和田耕三、和田葉子

 

「まちの声」

構成:吉田剛治

出演:兼幸子、佐々木かおり、眞嶌直子

 

「あいつの右手と十四年式拳銃」

作・演出:吉良佳晃

出演:荒木晶成、池田祐仁、川島敬三、堺喜隆、藤坂優馬

 

「いももち」

作・演出:西本一弥

出演:葛岡由衣、古谷幸生、山崎康弘

 

「銀の海。銀の魚。」

作・演出:サカシタナヲミ

出演:井上華純、川田さとみ、小松美保、武田佳花、野村春菜、町田彩、丸山良太

 

スタッフ:上野伊代、岡内宏道、斧山浩士、さいとうQ、竹本永子、中城賢太、前田澄子、領木隆行、和田有加