演劇祭KOCHI2019、シアターホリック「プールのある家」を観てきましたよ。例によって感想文。

シアホリは、少女売春をテーマにした2015年の「希望の星」がとても好きな作品で、社会の一面をリアルに描きながら、それをポップにコーティングして、無理やりなファンタジーに昇華した作風(何が何やらですね)をすごいなーと話してたら、某吉良さんが「みんな希望の星が良かったって言うけど、もっと前に松島さんがメフィストでやってた作品のほうがさらに良かったのに」って言ってたのをぼんやり覚えてて、どうも今回再演された「プールのある家」がその作品にあたるのではないかしら(未確認)。

山本周五郎さんの、貧民街で生きる人々を描いた短編集「季節のない街」から3編を選んで再構成するという作り方で、3つの物語は当日開演前にくじ引きで決定するという上演方式。
自分が見た回は「がんもどき」「親おもい」「プールのある家」という順番でした。この並びが変わることで見え方も大きく変わるというのが今回の特徴のようです。

複数の登場人物を松島さん、しおりちゃんの2名だけで演じきるスタイルは、2017年に上演した松島さんの一人芝居「孤独、あるいはマルキドサドに学ぶ幸せな人生の過ごし方」の一人称で押し切る形と対をなしているようで、いずれも物語の構成と見せ方はさすが…だからこそ、3つの物語のリンクの仕方をランダムにするより固定した方が、もっとつなぎ方を緻密に描けたんじゃないかなー。この街の世話人的立場のタンバさんがもっと上手く機能したんじゃないかなーなんて思いました。

そして、今回のランダムな物語の並べ方は演出家の目的があったと思うのですが、それ以外の舞台プラン、照明、音響と、おそらくは劇団事情や予算事情があったうえで、劇団が本公演として「この形でやります」と提示したものを「なんでだろう?どういう意図なんだろう?」と考えながら見てしまったことで、個人的には上手く物語に入っていけなかった印象です。

シアホリイズムの体現者ふたりの、約2時間出ずっぱりの集中力は素晴らしかったです。
松島さんが描く「クソみたいな世界の中で必死に生きる人々の輝き」は今回もしっかりあったのに。
舞台に関する、ちょっとした気になることが積み重なってしまって作品に集中できなかった、そんなもったいない感想となりました。

この辺は、経験を持った舞台監督的ポジションの人がいたら、かなり変わったのかも知れない。
表現芸術の上演は自由だけどその分シビアだな…と、自戒の念を込めて結びとします。