昨日は高知市文化プラザかるぽーとにて、高知市民劇場例会、こまつ座「イヌの仇討ち」を観てきましたよ。例によって感想文。
 
まず、この状況の中、例会を開催した市民劇場さん。
こまつ座の四国ツアーは結局高知以外の3県は全て中止になったにも関わらず、この後の劇団の予定から公演の延期ができないこと、そして高知の感染状況を判断して、できる限りの感染症対策を行いながらの開催となったようです。
 
会場の入り口では、お客さんが自分でチケットをもぎり、自分で半券を箱に入れ、机に置いた配布物を自分で持って入るという係の方と接触しないやり方。お客さんの数は通常時に比べて非常に少なく、自分が座った1階席は530席に対して、ざっくり150人くらいかなー。確かに閑散とはしていたものの、それは仕方ない。開演5分前の座席指定を解くアナウンスの際には、できるだけお客さま同士が離れて座るよう案内されたり、途中休憩では事務局長の浦田さんが「マスクをしてない方にマスクを配りますー」と客席を練り歩き「マスクをしてない方いませんかー。あ、おった」とわたくし見つかり、強制マスクの刑に処されるなど、ホントにできる限りの対策をして、演劇を上演しようとされていました。
 
この気概。
演劇を趣味娯楽ではなく、社会に必要な存在として活動しているからだろうな。
いろんな考えがありますが、市民劇場さんのこの行動、なんだか胸が熱くなってしまいましたよ。
 
さあ肝心の作品。
これほどまでに日本で有名な物語はないであろう忠臣蔵を、吉良上野介の視点で描かれるというものでした(ちなみに最初は、タイトルに「イヌの仇討ち」とあったので、「ワンワン三銃士」みたいなもんやろか?と思ったことは、恥ずかしいのでナイショにしておきます)。
 
舞台は討ち入り直後に吉良が家来や側近と一緒に逃げ込んだ、以前は味噌を造っていたという倉庫の中。
この中で息を殺し、どう脱出するか、助けを求めるかと思案する様子をコメディータッチで描いていきます。
この一団の中で、唯一外に出て様子をうかがうことができる上野介付けの坊主(お坊さんは殺生されないそうです)が大石内蔵助達の動きを、そしてこの蔵の中に先に忍び込んでいた泥棒の砥石小僧が世間の風評を伝えていきます。
 
この物語の中では、吉良自身は浅野内匠頭に対して指導する立場であり、そもそも朝廷の接待を浅野が失敗したら、指導する自身の責任にもなるという、もっともな話をされ、浅野が吉良に斬りかかったのは疫病である「イライラ病」を煩っていたことが原因であると語ります。
そしてこの当時の世の中は幕府による天下の悪法「生類憐れみの令」が施行されており、蚊やハエなどを殺すこともできないため疫病の「イライラ病」が蔓延していたこと、そして吉良が将軍から譲り受けた「おイヌさま」の存在の奇妙さ、そのイヌに対して忠義を尽くす吉良たちの滑稽さを通じて「お上」「幕府」の存在のおかしさが浮かびます。
 
前半ラストで「大石よ、お前がここに討ち入る理由は無いのではないか、お前の行動の真意はなんだ」と聞く吉良。
松之大廊下で浅野に切りつけられた時も自分の家や家来のことを案じて脇差に手をかけなかった吉良は、事件の後も幕府に対して忠義を尽くした一方で、絶対正しいとしていたお上の決断は、その時の世間の評判によって少しずつ変容していくこと。
やがて、大石はそんなお上に対して戦っているのではないかと考えていく吉良。
…なんとも、現在の社会に繋がっている感じが…。
 
お上への忠義(=思考停止状態)を持って出されたものを受け入れていく内に、どうしようもない状況になっている。
今回の作品の中で翻弄されていった吉良は、ひょっとして僕ら自身のことだったのかも知れませんね。
 
シンプルすぎず、過剰すぎない舞台装置、ステキでした。
動かないムービングライトの効果は絶大で、大ホール客席にある壁スピーカーを効果的に使った音響も素晴らしかったです。
当たり前のことですが、老舗劇団も進化していくんだなと感じた次第です。
 
あー、おもしろかった!
引き続き頑張れー!市民劇場ぉ!!