一日空いてしまいましたが、シアターTACOGURA朗読劇「桜の森の満開の下」の感想を。

当初この公演は演劇祭KOCHI2020の第一弾として、4月下旬に蛸蔵で上演予定でした。
しかし新型コロナウイルスの関係で4月の上演は難しいと早々に判断したシアタコは、5月末に公演日をずらし、ずらした公演日は蛸蔵では徳島から劇団まんまるさんをお迎えする予定だったので、会場を藁工ミュージアムさんに移し、朗読劇という形に上演形態を変え、上演時間もまんまるさんの本番に重ならないようにと配慮をしながら準備をしていたのが、新型コロナウイルスが想像以上の事態により演劇祭自体が中止(延期)となり、結果、一番バッターだったシアタコのみがオンライン配信に舵を切って唯一上演を行うことになったという、なんとも言えない巡り合わせ。

そもそも藤岡さんが主宰していた劇団MACが演会を抜けてシアタコを立ち上げて以降、演会主催の演劇祭には参加していなかったので、演会20周年の節目でひとつ塀が取っ払われて良かったなーって思ってたのが、まさかこんな形になるなんて。
けどけど、このストーリーはまだまだ続いていくはずなので、あたくしは見守っていきたいと思います。

そして今回、個人として初めて携わるオンライン生配信公演。シアタコ側から醸し出される「きっと吉田さんがなんとかしてくれるろう」的な空気を敏感に察知し、音楽の配信でいち早く活動をしていたやまゆうさんに相談したところ、10を聞いたら30くらいのお返事をしてくれ、簡易仕込み図や必要な機材リストもすぐ送ってくれ、僕の中のやまゆうラブパラメーターが振り切ってしまいました。
いっそそれならやまゆうさんにスタッフで入ってもらい、勉強させてもらおうとなった次第です。

音響にやまちゃん、照明に日野さんと、心強いスタッフのもと本番に臨む訳ですが、通常公演と比べて一度も稽古見をせず、ざっくりの仕込み図とタイムスケジュールを組んで、藁工ミュージアムさんの営業終了後の時間で前日仕込み、当日本番という日程で、事前準備からしてオンライン的な、人と接触しない感じでした。

それが、それが!
いざ仕込みの日にみんなが会場に集まって、機材を搬入し、仕込みをはじめた瞬間、もうなんとも言えない感動で胸が一杯になりました。
それまではさほど意識せずに今の社会状況に合わせていたつもりが、実はどれだけ生身の人との接触を渇望してたんだろうって痛感した次第です。

作品は坂口安吾さんの名作をサカシタナヲミさんがリライトし、60分にまとめたもので、本番を終わってみると「この形じゃないと上演が成立しなかったんじゃないかな」と思えるものでした。
桜の森の美しいシーン、生首で遊ぶ残酷なシーン、ト書き(ナレーション)の俯瞰した視点と心情を淡々と読み上げる演出。
この幻想的な作品世界をもしビジュアルに頼っていたならば、逆にチープなものになってしまったのかもしれない。
ひとつの本番に向けて、さまざまなアクシデントに見舞われて二転三転しながら、結果として最適な形で本番を迎えたような、もうすでにこの結果が決まっていたような、不思議な感じでした。

自分の仕事的には、舞台監督として全体の進行を行い、本番はカメラの補助くらいかなーと思ってたら、藤岡さんがやまちゃんにオーダーしたSE/ME、声のエフェクトが膨大すぎて、音声ミックスまで手が回らなくなり、結果音声ミックスを自分が担当することとなりました。
通常のテレビ収録と異なり、生声が響く会場内で配信用の音声バランスを取るのは非常に難しかったー!

あとはあれですな、通常公演のように開場時間というのが無いので、お客さんが入ってきたら「もう仕方ない、やるしかない!」って気分に切り替わるのが「ああああ、ミスったらどうじよおおお」的テンションで、俳優スタッフとも直前まであわあわしてたのが愉快でした(無事終わったから言えることですな)。

今回の感想としては、現場に携わった側でしか書けないのですが、この作品をオンラインで見られた方はどんな感想を持ったんだろうなー。
自分が観客としてオンライン配信の公演を見ると、やはり熱量や空気感を画面越しに感じるのは、伝える側も、受け取る側も、相当に厳しいのでは無いかと思います。
距離を無効化できる新しい表現手段でもあるこの形は、演劇の大切な部分を改めて浮かび上がらせてるのではないかなー。
考えがあちこちするので、ここまで!
皆さま、ありがとうございました!!
(写真はももよん撮影の集合写真と、本番中気合いが入りまくって眼力が半端ないやまちゃんを勝手に全世界公開)