さて、現場はばったばたとリハが行われ、現在は照明データ入力中でごわす。その間に昨日の劇団33番地 番外編、おさらい会「茶色の朝」の感想文を。
アフタートークで話した内容とほとんど重なると思いますが、まー、ぼそぼそ喋ってよく聞こえなかったと思いますので、ここで再掲するということでご容赦ください。

会場に入って最初に思ったのが、蛸蔵という空間を活かした客席と舞台の配置でした。椅子一つだけ置かれたシンプルな舞台。
客席は舞台に向かって、ゆるいVの字で組まれていました。
ゆったりした客席の感覚と、舞台を見ながらもほかのお客さんの様子も分かるこの配置は、内藤さんの言っていた「演劇とは観客という存在がいて初めて成立する芸術だ」という言葉にも繋がるなーなんて思った次第です。

そして本番。今回は33番地の主宰である、チャーリーさんの一人芝居だったのですが、圧倒的だったのはチャーリーさんが舞台に立ったときの空気の変わり方!近年はいろんな演劇のアプローチがあり、俳優の基礎的な稽古を行わないカンパニーもありますが(それは否定するものでもないですよ)、肉体的な鍛錬を積み重ねているチャーリーさんだからこそ作り上げられる空気だったと思いました。やっぱりこの辺りは、若い世代の演劇人にも引き継いでいっていただきたいものです。

取り上げられた作品「茶色の朝」は、作品としては心の重くなる内容でした。「おかしい」「馬鹿げている」ということに対して、そこに向き合うことなくその場を取り繕っているうちに、状況はどんどんひどくなり、気付いたときにはその状況に意思を表すことすらもできなくなり、最悪なラストを迎えるという救いのなさ。
チャーリーさんはアフタートークで、「茶色というのはナチスの軍服をあらわしているんじゃないか」と言っていましたが、その知識を持たずに僕が感じたのは、今の日本という国そのものでした。
思考停止が続くうちに、状況はどんどんひどくなっているように感じる今の社会。意思を表さないことで、この国自体がゆるやかな死に向かっているんじゃないかなー。なんて思いがそのまま舞台上に投影されたような感覚で観ていました。

そんな作品をその場にいた観客と考える、その体験を家庭や友だちなんかと語ることで、何かが生まれるかもしれない、小さくてもそれは演劇や芸術が持つ大切な力じゃないかなって思います。

作品のチョイスや丁寧な作り方、そして若い演劇人との繋がりということも含めて、これからもチャーリーさん、西村さん、濱田さんには頑張ってほしいなって思いました。どうぞご指導のほどお願いします!
そしてしばらくお休みが続いている33番地本隊も、本公演に向けて動き始めているようです。高知が誇るミュージカル劇団、今後の活動も楽しみにしています!