能meets高知 林本大インタビュー
観世流能楽師・林本大先生による、能をわかりやすく濃密に解説する講座プログラム「能meets」。高知でも毎回好評いただいている本企画のスペシャル版として、11月8日(月)に能meets高知「静と動」の開催が決定しました。林本先生に能の魅力や高知公演に向けた思いなどをお伺いしました。
−−先生、今日はよろしくお願いします。最初にお聞きしたいのが、ずばり「能は演劇である」と言っても良いのでしょうか?
そうですね。能楽師によっては「どちらかというと能は音楽である」という解釈もあるかもしれませんが、私は「能は演劇である」と言って良いと思います。
音楽的な演劇でもあるし、舞踊的な演劇でもあるという意味で、歌舞劇。今で言うところのミュージカルですね。
−−能は「世界最古の演劇」とも言われています。
古代ギリシャ劇と比較したら能が作られた時代の方が新しいのですが、例えばギリシャ劇は戦争などで一度途絶えてしまい、今上演されている作品は「昔はこうやっていたのではないか?」と当時の資料の研究を重ねてやっているため、それが正しいかどうかは分からないんです。
それに比べると能は、誕生してから700年の間、途絶えた時期というのがなく、例えば私は「観世座」という流儀・流派、今風に言うと劇団なんですが、劇団を残していくために「一子相伝」という形で教えを繋いで、現在まで続いています。
−−続いていく中で当時の言葉を変えたりはしないのですか?
そうですね、言葉は全く変えてなく、昔の言葉のままです。
現代の人が意味を分かるように変えれば良いのではという声もありますが、昔の人たちがどういう思いで、もっと言えば世阿弥がどういう思いでこの曲(作品)を書いたかということを残すために、台詞には手をつけないというのがひとつ。もうひとつは「能は神様に奉納する」芸能だったんです。神様に対する芸能なので、そうやすやすと形を変えることはできないのです。
−−林本先生自身について教えてください。先生は、もともとお家で能を学ばれたりするような環境だったんですか?
古典芸能に興味を持つような家庭ではなかったですし、どちらかというと私は勉強熱心な方で、将来は法律の道を目指すつもりでしたので、今考えたら何で能の道に入ったのか分からないですね(笑)。
−−能に出会ったきっかけはどういったものですか?
大学の時に、能のクラブに勧誘されまして。こっちも気弱ですし、勧誘してくれたのが女性の先輩だったこともあり(笑)、ずるずる入部しました。その後、アルバイトで能の催しの受付手伝いに行って、そこではじめて能を観ました。
その時に観た演目は…1曲目は演目を忘れたんですけど(笑)、全然動かない作品だったんですよ。それで「なんじゃこれ」と思って、途中で抜けて、ボウリング1ゲームして(笑)、帰ってきたら、主役がまだそこに座ってたんですよ(笑)。それくらい動かない演目で「これは退屈やな」と思ってたんですけど、その日の一番最後の演目をまた観るように言われて、観た作品が「望月」という演目だったんです。
こちらは最小の動きで最大の効果というか、そこに人はいないのにいたように見えるとか、殺してないのに死んだことになっているとか、こういう表現方法が700年も前からあったのかと、ビックリしました。
その次の日に能のことや世阿弥のことを調べようと図書館に行ったのが本格的に能に興味を持ったきっかけですね。
−−高校生の時は演劇をやられていたんですか?
映画部に所属していて、演劇部と提携をしていました。僕らが映画を作る時は演劇部の人に出演してもらい、演劇部が上演する時は、僕らが裏方の手伝いをして、僕は照明をやってたんですよ。その時自分なりにセンセーショナルな照明や演出をして「やったぜ」と思っていたんですけど、能に出会って、当時自分たちが考えていた様々な演出は700年前に全部やっていたんだと…そういう感覚ですね。
−−そこから本格的に能の道に進まれる訳ですが、林本先生はお家を継いでやられている訳ではないんですよね。
そうです。ただ大学で能を勉強している程度でしたから。ただ「あの舞台に立ちたい」という思いが強くなって実行したというのは、今思えばよくやったなって(笑)。
−−とはいえそう簡単に能楽師になれるものじゃないですよね。
厳しい修行があるというのは聞いていましたし、私のように「家の子(能楽師の家系)」じゃない人間はデメリットが多い…武器がない訳ですから。それは入る時にさんざん師匠に言われました。「家の子よりもお前には厳しくする。そうしないと家の子を抜けないから」と私には特に厳しくされましたが、結果として師匠には感謝していますね。
−−厳しくと言うのは、芸の教えもそうですし、物事の考え方にに対してもということです?
修行して一番最初に受ける屈辱っていうのが、挨拶されないんですよ。修行初日の朝に「おはようございます」と師匠に挨拶をしても無視される。聞こえなかったのかと思い、2回3回、大きな声で挨拶すると「うるさい!」って(笑)。そこはつまり「お前は半人前なんだ」ってことを押しつけられたというか。でもそこで卑屈にならず「負けるか!」って思いを持つことと、他にも掃除や雑用に終われて時間がない中、どう時間をやりくりして自分の稽古の時間を作るか。時間の大切さを学びましたね。
−−修行期間ってどれくらいだったんですか?
通いで1年半、住み込みで8年半、合計10年です。その間外の世界の接触は無く、テレビを見る暇も無く、能楽堂に住んでいるということもあって、24時間営業のような緊張感で(笑)。おまけに年休2日でしたから。
−−年休2日??週休じゃなく?
盆と正月の2日です。まぁそんな生活でしたから、10年経って独立した時に、当時の同級生が結婚したとか、家買ったとか、もう浦島太郎状態です(笑)。
−−一般的な幸せに目もくれず、能舞台に立つことだけを目指して10年…。そこまで先生を惹きつけた「能の魅力」ってなんなんでしょうか?
一言では言えないのですが、例えば凄い名人の舞台の地謡として入った時に感じた「いま、凄い空間に自分もいる」っていう感覚とか、お金や他のものに換えられない世界でしょうかね。
−−能meetsについて伺います。先生の解説は非常にわかりやすく面白いのですが、先生自身はどうしてそういった解説ができるようになったんでしょうか?
やっぱり自分が客席側にいた人間だからじゃないでしょうかね。さほど能楽師が気にしていなかったところが、客席から見てると気になったり。そうやってお客さまの立場に立って作品を見ることができるのが大きいと思います。
−−高知での能meetsは2020年から回を重ねています。高知のお客様の印象はどうでしょう?
すごく好奇心を持って、若い方はもちろん年配の方も真剣に聞いてもらってますので、こちらも非常に話しやすいし、終わった後の質問も多いですね。
−−高知は立派な能楽堂もあるんですが、実際に能公演を行う機会が少なく、そんな中11月8日(月)に能楽堂で開催される能meets高知「静と動」は貴重な機会になると思います。どんな作品になるんでしょうか?
能について皆さんがイメージしているのが「静かで動かない」ものだと思います。そういう演目ももちろんあるんですが、大変激しく動き回る演目もあります。「動く」「動かない」それぞれの魅力を紹介・解説して楽しんでもらうのがこの企画です。
そして今回は装束(衣装)を着けず、言ってみたら装飾のない「素うどん」状態で(笑)、身体の線がしっかり見える紋付き袴姿でお見せする舞囃子という形で上演することで、より作品を楽しんでいただけると思います。
−−それでは最後に高知のお客様に一言お願いします。
私自身、高知で能meetsを重ねることで、皆さんとお会いすることが楽しみになっています。ぜひご来場いただいて、どんな感想でも良いのでお寄せいただけたら幸いです。
−−ありがとうございました!能meets高知「静と動」は11月8日(月)高知県立美術館能楽堂にて開催します。たくさんのご来場お待ちしております!