「山の声」イワントモリ インタビュー


東京で長く演劇活動を続けた後、2019年に活動拠点を愛媛に移した岩渕敏司さんと、現在も東京を拠点に活動する森田祐吏さんによるユニット「イワントモリ」がこの度愛媛と高知で旗揚げ公演を行います。
ユニット結成の目的と、旗揚げ公演にかける意気込みを、本作の演出を務める伊豆野眸さんも交えてお伺いしました。

−−このユニットの結成に至るまでを教えてもらえますか?

岩渕 僕は東温市の坊っちゃん劇場で上演されるミュージカルの出演(2017〜2018年 ミュージカル「52days〜愚陀佛庵、二人の文豪〜」の正岡子規役)をきっかけに愛媛県の移住を決めました。そこからいろんな作品に出演したり、指導の仕事をしたりしているんですが、地域の中で「演劇=ミュージカル」みたいな空気もあって(笑)
もちろんミュージカルは素晴らしくて、坊っちゃん劇場の活動もリスペクトしているのですが、ミュージカルでは表せない演劇の魅力も知ってもらいたいという思いが最初ですね。

−−愛媛県に移住を決めた理由はどういったものでしょうか?

岩渕 最初に坊っちゃん劇場に出たのが1年のロングランの作品で、大きな仕事をいただいてありがたい反面、東京での次作品のオーディションを受ける機会がなくなって、ちょうど振り出しに戻った感じになったんです。
またこれまで「演劇は東京で仕事しないといけない」という思いこみがあったんですが、実際に愛媛に来てみたらアウトリーチ事業も含めて「地方でもこんなに演劇で仕事をしている人がいるんだ」って発見があって。それを目の当たりにしたのが大きな理由です。

−−そうやって2019年に愛媛県に飛び込んで4年。このタイミングでの旗揚げというのはどうしてでしょう?

岩渕 イワントモリのような活動もすぐにしたいところではあったのですが、まずは愛媛の演劇シーンを知り、僕の名前を愛媛の皆さんに知ってもらい、仕事を見ていただき、関係性も築いたタイミングで、満を持してイワントモリを立ち上げました。
このタイミングで僕の個性を出さないと、また取り残されてしまう恐れもありましたし、伊豆野さんをはじめとする地域の人たちの助けを借りて、愛媛でのし上がっていこうと(笑)

−−森田さん、岩渕さんが愛媛に移住をされたのを知ったのはどのタイミングでした?

森田 以前一度東京で共演してから、お互い連絡も取ってない状態だったんですが、ある時SNSの投稿で岩渕さんが愛媛に移住することを知って。「は?何してんの?」みたいな(笑)

岩渕 これまでSNSの反応なんて薄かったのに、愛媛移住の投稿からすごく「いいね」がつくようになったんですよ。注目を浴びるというか、みんなそういうこと(東京外に拠点を置く演劇活動)がしたいんじゃないかなって思いましたね。

−−確かに同じくらいのタイミングで、東京一極集中から地方での表現活動をされる方が増えましたよね。それでも森田さんは東京を拠点にされていると。

森田 そうですね…。別に活動ができたら東京でなくてもいいんですけど。どっちがいいかというのは僕の中ではまだなくて、岩渕さんみたいなタイミングがあったら移住するかもしれないです。

−−伊豆野さんも元々愛媛でやられていた訳ではないんですよね。

伊豆野 もともと僕は兵庫県出身で、ライフステージの変化で愛媛に来て、その土地で活動をしているという感じです。ただ僕も演劇は10何年活動を辞めていて。というのも当時は拠点もなく、お客さんも固定客で、外にリーチできていなかったりとか、地方でやることの限界を感じていて。たまたまご縁があって活動を再開したタイミングでした。

−−地方に移住したとしても、表現活動だけでメシを食うっていうのはそうとう難しいですよね。

岩渕 収入のために、みんな教える側にまわるじゃないですか。果たしてそれが正解かな?っていう思いがあって。だからこそ今回イワントモリができたってことはとても大きなことなんです。というのも4年間愛媛でやってきて、いろんな方を見ていく中で、共通言語だったり、同じ目線で話せる人が少ないなって感じることがあって。でも、そんな中でも同じ匂いがする若い子もいるんですよ。

−−今回岩渕さんが一番やってみたいことを発表することで、隠れていた仲間が出てくるかもしれませんね。さてイワントモリはおふたりのユニットということで、森田さんにお声がけした理由はなんでしょうか?

岩渕 13年前にはじめて一緒にやった時は、当時森田君が所属していた劇団(北京蝶々)に客演で呼ばれる形だったんです。その時はいち共演者みたいな感じで、そこまで密な関係ではなくって。

−−その後おふたりは坊っちゃん劇場の作品(2021年「鬼の鎮魂歌」)で再会されたんですよね。その時の印象はいかがでした?

岩渕 変わってないと言えば変わってなかったんですが…。

森田 どこかよそよそしい感じはありましたよ(笑)

岩渕 僕は自分の中で、愛媛に行ったらミュージカルの人みたいになってたので(笑)、演劇の人に正面から向き合えないみたいな(笑)

森田 僕もSNSで岩渕さんの投稿を見て「あれ?ミュージカルやってた人だっけ?」ていうのはありましたね(笑)

−−そんなにミュージカルと演劇は相容れない(笑)

岩渕 そんなことないんですけど(笑)、ミュージカルって歌とダンスと演劇とある中で、稽古の比重という意味では演劇が薄いようにも感じるんですよ。

森田 「なんでそんなに踊るの?」って(笑)

−−(笑)ミュージカルでおふたりが共演したことで、ふたりの中で「演劇って大事だよね」って思いが強くなったということですね。

森田 俺と岩渕さんで共有したというか、それぞれ別にその思いを持っていた感じです。ミュージカルが盛んで、坊っちゃん劇場に来るお客さんも沢山いらっしゃって、俳優を応援してくれる人も多い。それは素晴らしいことですけど、「本当に自分がやりたいこと」って考えたら…。

岩渕 あとは坊っちゃん劇場の目的として、青少年の育成という面もあるので、作品が「良い子」なんですよ。僕は人に道徳を教えるために表現している訳じゃないし、もっと本質的なことに向き合いたくて。

−−今回の作品ですが、まず座組みとして、演出に伊豆野さんが入り、制作に秦さんが入り、愛媛以外の香川や岡山、高知のスタッフにも参加いただいています。今回声をかけた方について教えてください。

岩渕 スタッフは基本僕が「この人と創りたい」という人にお声がけしました。四国学院大学で演劇を教える西村和宏さん(青年団/サラダボール)の「マクベス dialogue」という作品(2021年/森田さんとも共演)に出演させてもらった時くらいから伊豆野さんとお話させてもらうようになったんですが、伊豆野さんからすごい演劇愛を感じたし、どんなディレクションをしてくれるんだろうって興味もあって、お願いしました。
「山の声」という作品は、決して明るい作品ではないから…すごい失礼ですけど「合ってる」んじゃないかなと思って(笑)。匂いというか、同じフィールドなんじゃないかなーって思えたんです。それは他のクリエイティブスタッフさんにも感じて、「地方でも東京に負けない作品づくりをされている仲間がいるんだ」って思いから、お声がけしました。

−−そうやって仲間を集めて、今回臨む作品が「山の声」です。この作品はどちらが選んだんですか?

岩渕 ふたりで風呂に入ってるときに「二人芝居やらない?」って話になって。そこで森田君が「「山の声」って知ってます?」って言って。最初はユニット立ち上げよりも、「山の声」をやろうってのが先でした。

森田 僕が「山の声」すごい好きなんです。今まで関わってきた演劇作品の中で一番好きで。カムヰヤッセンというユニットで2015年に一度出演していて。その時は僕は加藤文太郎役をやったんですよ。今度は後輩の吉田登美久役をやってみたくって。それで岩渕さんに提案しました。

−−岩渕さんはこの時、作品については知ってました?

岩渕 知らなかったんです。で、取り寄せて買って、読んで。

森田 で、泣いた?

岩渕 泣きましたね。戯曲を読んで泣くなんてまずないんですけど。普通にのんびりした気持ちで読んだら、脚本のからくりに大変驚いてしまいましたね。

−−この作品は、実在したふたりの登山家をモチーフにしているんですが、舞台の構成としてはどんな感じでしょうか?

伊豆野 舞台は冬の雪山で、ビバーク、いわゆる小休止をしている中で、ふたりの登山家がいろんな話をしていくんです。それは登山家としてだったり、生活者としての顔であったり、他愛のない話からお互いの半生までを、非常に過酷な状況のなかで話していくというものです。

−−なぜそんな過酷な状況でも山に挑んでいくんでしょうね?

森田 役者もそうですし、仕事されている人も、みんな何かしら負荷をかけて、挑戦していく気持ちって持ってますよね?それに近いのが登山にもあるんじゃないかと思います

岩渕 「山の声」は山の話だし、でっかいようにも見えるんですけど、意外と小さいことを言ってるかもしれないし、すごい小さい話をでっかく言ってるかもしれないし、すごい…宇宙のような台本なんですよ。

森田 見てる人からしたら「すげー、なんでこんなことしてるの」って思うけど、登山家にとっては、普通のことをふたりで喋ってるかもしれない。というのは僕ら役者の中にもあって、それが何なのかってのは説明が難しいんですけど。

伊豆野 たぶん、生きている人たいがいに当てはまるんじゃないんでしょうか。この作品はかなり普遍的なテーマを内包していて、「なぜ山に登るか?」という質問に対しての答えは「山を下りるため」だと思うんです。山に登ると「ひとり」になるんですよね。圧倒的な大自然の中で、自分しか信じることができない状況になる。そこで世俗と離れていくというか。
そしてまた、里には戻りたくなるんです。そして里に行けば、また山に登りたくなると。この繰り返しというのは「自分に還ること」と「他者と繋がること」を行き来しているんじゃないかなと。
さらにこの作品では、単独行を好んでいた男が「ふたりで登った」ということに意味があると思うんです。

−−普通の登山って、特に危険なところは何人かでパーティを組んで登るものじゃないですか。お互いをフォローしあう社会性もあって。でもあえて加藤さんは単独行をしていたと。そして後輩の吉田登美久も単独行をしていたんですか?

伊豆野 そうですね。加藤をトレースするように行動していました。「単独行が至高なんだ」という考え方だったと思います。

−−お話を聞くだけでも、物語の興味が高まりますね。

岩渕 そうそう、役者って本を選ぶことができないんですよ。言い方悪いですけど、中小企業の社員みたいに「君は次これやりなさい」って言われて、ニーズに応えて、その中でいかに輝くかが勝負なんですけど、今回自分でユニットを立ち上げて、自分の好きな作品を選んで上演できるのが、はじめてなんです。嬉しいし、贅沢なことだなーって。

−−役者的にはそうですよね。ただ、自分でユニットを立ち上げる以上、いろんな責任も負わなければいけないですが、そこについてはいかがですか?

岩渕 そこは…あんまり見ないようにしています(一同爆笑)。でも成功させるために仲間を集めたし、自分をずっと応援してくれる方にも応えなきゃいけないし、頑張るだけです。

−−イワントモリを立ち上げて、この作品を持って、愛媛の演劇シーンに飛び込む意気込みはわかったんですが、今回は高知公演も行います。高知で上演しようと思ったのはいったいなぜなんでしょうか

岩渕 僕から森田君に「高知でやりたい」と伝えました。というのも愛媛だけでやっていたら意味が無いと思うし、同じ所をぐるぐるまわる人生はあんまり好きじゃ無いので(笑)。冒険の意味で高知に飛び込んでみます。あと、できたらの話ですが、「山の声」を47都道府県で上演したいなって夢もあります。

−−高知の縁というのは?

岩渕 ほとんどないですね。とはいえ以前東京で共演して、ちょうどいま高知で創作している細川貴司くん(高知出身)や、吉田さんのご縁もそうですし、チャンスは無くはないかなって。

−−では高知のお客さまへお願いします。

伊豆野 蛸蔵はいい空間ですし、ここをどんな風に活かせるのか。高知は演劇文化が根付いていて、お互いが切磋琢磨しあってる土地だと思いますので、そこにこの作品を持っていって、どんな風に受け入れてくれるのか。また僕はイワントモリのふたりを尊敬していますので、彼らを高知の演劇シーンにどうお披露目できるのか、ワクワクしています。

森田 僕も高知には縁が無かったんですけど、岩渕さんに蛸蔵を紹介されて、劇場の写真を見たときに、スゲーいい小屋だなーって思って。そこまで劇場らしくない場所で、こんな演劇をやれるっていうのは貴重だし、ここでのクリエイションは自分にとっても、岩渕さんにとってもステップアップになるだろうし、作品を見てくれる高知の方とお互いにステップアップできたらなって思います。

同時期に高知で創作中の俳優・細川貴司さんと

岩渕 蛸蔵は、2021年に細川貴司くんが演出した「わが町」を観たのがはじめてだったんですけど、その作品がメチャクチャ良くて。劇場って最初に観た作品とセットでイメージもちませんか?良くない作品だったらその劇場に悪い印象持ったり(笑)
なので好きな劇場で、自分の作品を上演することは嬉しいですし、ホントは僕らを知らない人ばかりの土地で上演するのは無謀な挑戦かも知れないですけど、「山の声」をはじめて読んだ感動や衝撃をひとりでも多くの方に伝えたく、いろんな方のお力をお借りしながら、本の素晴らしさに役者が負けないよう頑張りたいと思います。

−−ありがとうございました!
イワントモリ旗揚げ公演「山の声」は、2023年3月10日(金)〜12日(日)愛媛 東温アートヴィレッジセンター シアターNEST、3月18日(土)・19日(日)高知 蛸蔵、3月24日(金)〜26日(日)愛媛 シアターねこにて上演します!
たくさんのご来場、お待ちしております!
http://iwantomori.com