(寄稿)高知新聞「12人の怒れる土佐人」


高知市出身の俳優・細川貴司さんと創作する市民参加型演劇公演は今回で3作目。企画の段階で細川さんから二つの提案があった。ひとつは原文戯曲(1950年代に米国で発表されたレジナルド・ローズの名作「12人の怒れる男」原作)からの翻訳を市民と共に行うというもの。もうひとつは、出来上がった作品を持って県下を回りたいというものだ。

いずれも一筋縄ではいかない提案だったが、翻訳については予想以上の参加をいただき、濃密なワークショップの末、上演台本が出来上がった。県内巡演についても高知は文化施設のネットワークが強く、企画を面白がってくれた各館の担当者のおかげで、無事公演の枠組みが出来上がった。

6月に行われたオーディションでは、高知の演劇シーンを支える俳優や、今回初めて演劇に挑戦する方など、多様なバックボーンを持つ12人の出演者が選ばれ、約1カ月半、週6回の稽古を重ね、高知公演の本番を迎えた。

殺人の罪に問われた19歳の少年の評決を巡る物語。12人の陪審員による熱い議論を通して、陪審員それぞれの人生や正義が浮かび上がる。
細川さんは、本作の舞台である蒸し暑く狭い陪審員室を、現代の日本にまん延する閉塞感と重ね、そこを突破できるのは、議論好きで人懐っこい、思ったことは遠慮無く口にする土佐人だと話した。

客席は舞台を挟む形で設置され、観客もこの議論に参加するような臨場感に包まれる。全力でぶつかり合う出演者の熱演に、満員の客席から大きな拍手が沸き起こり、「出演者の個性が土佐弁でさらに引き立てられた」「それぞれの正義がぶつかる様に心揺さぶられた」「まさに熱演。自然と涙が出た」などの感想が寄せられた。

市民参加型の公演としては異例のクリエイションとなったが、高知公演を乗り越えた「12人の怒れる土佐人」たちは、さらに熱い舞台を県下に届ける。


議論と対話(高知新聞 閑人調 2024年7月30日掲載)

高知市出身の演出家・細川貴司さんを迎えての、市民参加演劇公演の稽古真っ最中だ。今年の8月から9月にかけ、高知県下の4会場を回る。

今回上演する作品は、1950年代にアメリカで発表され、数多くの映像作品や舞台作品として上演を重ねる「12人の怒れる男」。少年による殺人事件の陪審員に選ばれた12名が、テーブルを囲んで熱い議論を行うというものだ。この作品を市民の手で原文戯曲から土佐弁に翻訳し、翻訳チームが生み出した台本をオーディションで選ばれた俳優がバトンのように受け取り、熱い稽古を重ねている。

細川さんに作品選定について尋ねたところ、ひとつは多くの人に知られる作品ということと、もうひとつは、「真剣に議論する」ことを嘲笑するような社会が浮かび上がらないか、とのことだった。確かに今の世の中は、相手の意見を聞き、自分の考えを伝え、違う立場同士でひとつの結論を探ることよりも、対立する相手を「あいつは○○」と決めつけ、シャットアウトする風潮が強くなっている。

コミュニケーションを放棄し、深い断絶と差別が蔓延る社会が迫る中、議論好きな土佐人が舞台に立ち、議論好きな土佐人が舞台を観て、終演後に酒を酌み交わしながらいろんな話ができたらいいな。