(寄稿)高知新聞 閑人調 2024.05.02「劇場の役割」
道路や水道などの生活インフラが一定整備された後の1990年代、全国で文化施設の建設ラッシュが起きた。各地に立派な施設が完成する一方で、地域に必要な文化施策や事業の目的が十分に議論されないまま、ハコモノ先行で造られた事例もあった。
時代が進み、作品鑑賞の機会に加え、表現者を育て、作品を創造する施設(=劇場)が増えてきた。その土地に暮らす人の思いが詰まった、ここでしか生まれない芸術。クリエイションを通じて、地域に新しい光を当てることも、世の中の課題に向き合うことも、いずれも劇場の役割だ。
近年、「社会包摂」という考えが注目されている。社会的に弱い立場に置かれている人を排除するのではなく、包みこむ。貧困、障害、老い…生きにくさを抱えた人たちが、劇場という緩やかなコミュニティの中で居場所を見つけ、役割を持ち、社会に繋がる。文化芸術の持つ「生の力」が発揮される機会はここにもあるのだ。
文化施設の建設ラッシュが起きた当時、「文化は一部の(裕福な、教養のある)人のもの」という考えがあったかもしれない。これからの劇場は、見えない壁や偏見を越え、多様な人たちと多様な価値観を生み出す場になったらいいなと願う。