(寄稿)高知新聞 多田淳之介演出「真夏の夜の夢」

「社会包摂」という考えがある。社会的に弱い立場に置かれている人を排除するのではなく、包みこむ。様々な理由で生きにくさを抱えた人たちが、劇場のゆるやかなコミュニティの中で居場所を見つけ、役割を持ち、社会に繋がる。そんな目的の下に開催する「共生社会の実現に向けた舞台芸術創造事業」。三作目となる今回は、国内外で活躍する演出家・多田淳之介さんを迎えることとなった。

多田さんの作品は挑発的だ。舞台と客席の境界を無くす作品、上演時間の枠を崩す作品、戯曲の無い作品、ダンスや音楽などのジャンルを飛び越える作品など「演劇とは何か?」と観客に問いかける創作を通して「現代に生きる我々」を鋭く描き出す、唯一無二の演出家だ。

今回の企画について打ち合わせを進める中で、多田さんから「古典戯曲をノンバーバル(非言語)で作るのはどうですか?」と提案があった。多田さんにとっても初めての挑戦らしい。言葉を使わずに物語をどう伝えるか?しかも表現するのはプロの俳優やダンサーではなく市民だ。正直、どのように稽古を進めるのか想像がつかなかったが、多田さんを信じてこのチャレンジに乗ってみた。加えて多田さんから「高知の表現者と一緒に作品を作りたい」との声を受け、音楽にハナカタマサキさん、振付に山﨑モエさん、演出補佐に藤岡武洋さん、衣裳に松岡美江さんという、各分野で活躍する高知のアーティストに参加いただいた。

作品はシェイクスピアの「真夏の夜の夢」に決まった。ある若者の恋の物語が「目が覚めて最初に見た人を好きになってしまう」魔法の薬のせいで大混乱してしまうという(ある意味)ラブコメディ。物語の大事な要素である、森の妖精たちをどう描くのかも見どころだ。

舞台に立つのは公募により集まった29名。長く高知で演劇活動を続けている方もいれば、初めて舞台に挑戦する方もいる。視覚や聴覚に障害のある方もいるし、車椅子で参加する方もいる。中には学校や職場では馴染めずにいたが、思い切ってこの場に飛び込んでくれた方もいる。それぞれに個性を持った人たちが稽古を重ねる中で、心を開いて自分を表現し、他者を受け入れ、互いの苦手な部分を助け合える関係が生まれている。

多田さんは本公演の出演者を「個性的で、表現することに生きる希望を感じている方ばかり」と評した。400年以上前に書かれた普遍的な人の営みを、最大限の喜びで表現する高知版「真夏の夜の夢」。どうか多くの方に楽しんでいただけますように。