「ダンスの審査員のダンス」(2025.12.13)

チェルフィッチュ岡田さん作・演出、愛知県芸術劇場がプロデュースになるのかな?
ダンス作品兼演劇作品と題した「ダンスの審査員のダンス」を観てきましたよ。
確かにこれは演劇作品、そしてダンス作品だ。作品タイトル通り、ダンスの審査員を演じるダンサーや俳優やミュージシャンが、ダンスについて語り、踊るというもの。

審査員それぞれがダンスをどう捉えるているかを語るのですが、その台詞は舞台上部のパネルに投影され、舞台セットとしてプロンプを表示するモニターがある(そしてそれは客席からも見える)という、喋っているのか、喋らされているのか、ある種入れ子構造のような創り方で作品が展開していきました。
同じように「私がダンスを踊る」ではなく「ダンスが私を踊る」だったり、「主語」「主体性」について話す場面が印象的で、身体(器)と表現のどちらが先になるのか「液体」至上主義の風林火山センセイの言葉にウンウン唸ったり、グルーヴを「生」と説く2EZ2Danceセンセイに感心したり、「美」こそが表現の中心としながら「美」の感覚が定まらないピュアムーブメントセンセイに共感したり、「考えるよりも先に動く」と蜘蛛を観て踊り始める踊リンごセンセイの身体に驚いたり。

審査対象になる作品をそれぞれの視点で評価する場面も、ダンスという表現の多様さであり、自由さであり、難しさだよなー。
きっとバレエだったら明確な審査基準があるのですが、以前JCDNの「踊りに行くぜ」のような企画について「アイデア先行で身体が追いついてないダンサーが増えた」的なことを言ってたTプロデューサーの顔を思い出したりした次第です。

劇中、風林火山センセイと2EZ2Danceセンセイの口論(?)の場面、客席1列目のセンターで観劇されていた、きっとダンス関係者であろうお客様がハマってしまい、笑いが止まらなくなった瞬間があったのですが、舞台上の皆さんも一緒に笑いながら進行されていて、おそらく今回客電も残して、客席扉も開けた状態で上演された演出意図が、この場面に結実してたのかもしれない。
いっぱい考えて、いっぱい感じて、どこか一瞬誰かの気持ちと重なって、舞台芸術って素敵だなーと思えた瞬間でした。