劇団いちびり一家「ポラーノ 夜風にわすれて」(2018.02.08)

昨日はシアトリカル應典院にて劇団いちびり一家「ポラーノ 夜風にわすれて」を観てきましたよ。
例によって感想文。

んーと。
表現をする方は、どんな表現においても、どこかに時代性が反映されるんじゃないかと思います。意識的にそれを出す人もいるし、無意識に出ている人もいるでしょう。
そういう意味では昨年観させてもらった前回公演「スカート」は、東日本大震災の影響を受けざるを得なかったというか、あの体験に向き合おうとした、さっかんさんの誠実さに、なんとも言葉にするのが難しい心の震えを受けました。

そして今回。
宮沢賢治の「ポラーノの広場」を題材にしながらも、前作以上に震災を感じさせる内容でした。
黄色い毒蛾の鱗粉は原発事故の放射能汚染を連想させ、「隣町で大変な事になっている」という台詞の、真実を追おうとせず、伝聞で不安(や安全)を煽る感じは、当時の(今もか)マスコミやネットの何とも言えない嫌な感覚が蘇ります。

ラストの姉妹の別れは、深い深い海の底に今も眠っている人を連想させ、胸が苦しくなりました…。

重さ、生々しさを考えると今作の方がヘビーなのですが、前作の衝撃が強かったのはどうしてなんだろう?
前作の「方向音痴の濁流の川」。死を連想する筏の上で、生命のエネルギーを爆発させる感動はいったいなんだったんだろう?
その理由は…世界観なのかなー。今作の宮沢賢治の世界と、前作の記憶を失った街のリアルさを比較すると、やはり前作の方がダイレクトに胸に刺さったのかもしれません。

一方、いちびり一家らしいほっこりした場面は健在で、石本さんの結婚ネタをあそこまで出すなんて、もう…ずるいw。いちびりは4人のバランスがホントに素敵で、良い関係の劇団を観ると、なんだかこっちも勝手に嬉しくなっちゃいますね。
あと客演の和田亞弓さん、万歳に出られた2作しか観たことなかったので、あのキレッキレのダンスにびっくりした次第です。

終演後は重たいテーマに「よかった!おもしろかった!」なんてとても言えないテンションで、このまま誰にも会わずに一人で帰って、泣きながらビール飲んでグズグズ作品について考えたかった…。
とはならないのが大阪観劇ツアーの常で、終演後は万歳の鴨雀女さん、極東退屈道場の林さん、僕の大阪のおかあはんこと奈良さん、東京(今は大阪)のおねえはんこと大垣さんと楽しく飲み倒し、終電で帰った大阪の皆さんを尻目に高知からのツアーメンバーで飲んだお店で記憶を失い、立派な二日酔いが本日も生まれましたよ。

もうおさけのまない…。